祝日のショッピングモールって、正直あんまり好きじゃない。
人は多いし、子どもは泣いてるし、ベビーカーは行き交ってるし。
それなのに、なぜか今日はひとりでふらっと来てしまった。
理由はただひとつ、職場の先輩のひとことだった。
「おまえさ、結婚指輪、先に買っとけよ。モチベ上がるぞ。」
筋トレのプロテイン感覚かよ、と思ったけど、なんだかその日は妙に心に引っかかって。
気づいたら、モールの中のジュエリーショップをのぞいていた。
ガラスケースの中で、指輪たちが静かにきらめいていた。
ふと、ひとつのリングに目が留まった。
シンプルで、すっとしたデザイン。
それがどうしようもなく「自分に似合いそう」だと思ってしまった。
「……これ、ください。」
気づけば買っていた。
結婚する予定も、彼氏もいないのに。
その夜、家に帰って、ビールを開けた。
箱からそっと取り出した指輪を眺めながら飲むお酒は、
なんだか、ものすごくうまかった。
「お疲れ、自分。」
なんだかよくわからない乾杯をしながら、
指輪をつけたり外したりしていた。
翌週の飲み会。
ちょっとした悪ノリで、指輪をはめて行ってみた。
左手の薬指に、さりげなく。
誰も何も言わなかったけど、ひとりだけ後輩がチラッと見て、
「……あれ?」って言いかけて、やめた。
ちょっとだけ、ニヤニヤしてしまった。
何をやってるんだ、私は。
後日、冷静になってタグを見てみたら、
買ったのは「結婚指輪」じゃなかった。
普通のジュエリーリングだった。
でも、もうどうでもよかった。
あの日、指輪を買ったときに浮かべた「誰かと歩く未来」のイメージ。
モールで見た家族連れの楽しそうな笑顔。
それが少しだけ、自分にも似合うような気がしたから。
結婚指輪は、誰かにもらうもの。
そう思ってたけど、今はちょっと違う気がする。
それを買ったあの日、
私は自分自身にプロポーズしたのかもしれない。
「これからも、ちゃんと生きていこう」って。
でも、よくよく見たら、買ったのは結婚指輪じゃなかった。
普通のジュエリーリング。
しかも、結構いい値段だった。
それでも、後悔はしていない。
あの指輪を買ったとき、私はたしかに「未来の自分」に賭けていた気がする。
祝日のモールで、家族連れの横を通りながら、
ほんの少し、あんな風になれたらって思った。
あの日の私は、少しだけ前を向いていた。
でも、そろそろ次の誰かに譲る時かなと思ってる。
この指輪が、また誰かの“ちょっと勇気を出す日”に寄り添ってくれたら嬉しい